新生"ヒトリエ"の前に進む覚悟
SLEEPWALK / ヒトリエ
当時の僕は、このMVを見て「次のヒトリエの新曲が楽しみだなぁ」と考えていた。しかし、ヒトリエのフロントマン、wowakaはこのMVの公開の1ヶ月後、2019年4月5日に亡くなった。僕たちボカロ全盛期で育った人間には、wowakaが亡くなったということが信じられない出来事だったのだ。「裏表ラバーズ」、「ワールズエンド・ダンスホール」など、数々の名作を打ち出したwowaka、多分影響された人間は数少なくない。それほど偉大であって、影響力の高い人間が亡くなるということは、数少なからず悲しんだ人たちは多いだろう。
そんな悲しみが続く中、ヒトリエは2020年8月19日にベストアルバム「4」を発売した。その音源を聴くと流れてくるのはwowakaの歌声。はっきり言うと、「ああ、wowakaは死んだんだな」と再認識してしまったベストアルバムだったように感じてしまったのだ。
curved edge / ヒトリエ
そして、2020年12月7日、ヒトリエがデジタルシングル「curved edge」をリリースし、そのMVの公開とYouTubeでのオンラインライブ「HITORI-ESCAPE 2020」を行った。
正直言って、ヒトリエは新曲を出さないものだと思っていた。解散はしないと宣言した彼らを信用していなかったわけではない、「ヒトリエの新曲」がまるで想像できなかったというのが正確なところなのだ。
ベストアルバム「4」の特典映像でwowakaが歌い踊り奏でる音、4人のヒトリエが奏でる音。その後にあったオンラインライブで3人のヒトリエが奏でる音。そこにはどうしようもなく隔たりが、違和感が、もっといえば喪失感があった。ライブステージの真ん中は空いたままで、スリーピースの音が響く。僕もこのオンラインライブを視聴させてもらっていたのだが、楽しいライブではあった。しかし、僕は長らく、そこに4人のヒトリエがいたら、と縋り続けていたのだ。
だから、ヒトリエが新曲を出します!ってなった時には、驚きと同時に不信感も生まれてしまった。スリーピースに感じる違和感は、逆に言えば「wowaka」という1人がそこにいたことの証明でもあったと思うのだ。それを失ってしまう、というのが、恐怖であり、不信感であったと感じてしまった。
この「curved edge」を意として聴いてみると、格好がいいイントロ、早い節回し、好きな曲であると断言できる完成度。ただ、何度聞いても、「wowaka」が作った曲とはフレーズも歌詞も決定的に違ったと思う。断言してしまうが、wowakaの曲ではない。wowaka風に作ったとも思えない。これは、ヒトリエとして前に進むための曲なのだ。
ほらbring it back to me、不自由な心
ただならなくて、ままならなくて 何かちょっとヤな感じ
君ならどうすんの、駄作と解っても
消え去りたくない、壊されたくない
ほら面倒臭いね 帳消しにしちゃいたいね
wowaka作詞の既存曲よりも直接的なシノダの歌詞からは、wowakaというあまりに大きな存在が消えたことに対する苦悩も不安も悲しみも感じる。
こんなクソみたいな現実見させられてもまだ尚、
僕ら不健全な瞬間に飢えて飢えて仕方無いのさ
やめられやしないね、もう戻れやしないね
ほら面倒臭いフレーズ 聴神経に突き刺され
しかし、この曲のラストの歌詞からは、ヒトリエとして前に進むしかない、という意味に受け止められるのだ。ヒトリエは止まらないのだな、と、「curved edge」を聴き終えてから思う。
今後、wowakaの新曲が出ることはない。故人は何も語らない。天国の彼に、なんて言ってみたって、結局故人は聞く耳も歌う声帯も踊る体も持たない。しかし、wowakaが集めた「ヒトリエ」というメンバーやその楽器は事実としてここにあると思うのだ。
wowakaはヒトリエの核だった。あるいは、今も核であるのかもしれない。ヒトリエが「wowakaのバンド」と呼ばれるのをTwitterでたまに目にする。それはwowakaさんという1人の偉大な才能の証明だろうし、仕方のないことなのかもしれない。3人のヒトリエは、4人のヒトリエを越えられないのかもしれない。正直言って、wowaka作成の「ワンミーツハー」や、「トーキーダンス」と比べてしまうと、そこまでの曲とは思えないのだ。それは顕著にMVの再生数が物語っていて、「ワンツーミーハー」の再生数は376万回再生に対して、「curved edge」の再生数は19万回再生しかされていない。
しかし、ヒトリエは前に進むことを決めたのだ。それを僕は積極的に応援していこうと思う。僕はこの「curved edge」を聴いてそう思った。MVの再生数が伸びなくたって、前に進む覚悟を決めたヒトリエに対して背中を押してあげたい。そう思うのは普通の感情なのではなかろうか。
wowaka亡き今、かつて好きだったヒトリエではなく、ヒトリエが活動を続けてくれるということで、今も好きなバンドとして、曲を聴けるのだ。それは大変喜ばしいことで、今後も期待できるバンドであると思う。
ヒトリエは2021年2月17日に、新アルバム「REAMP」を発売した。僕は忙しくてまだ聴けていないが、ヒトリエの「前に進む覚悟」を見せつけてくれるアルバムになっているのだと思う。
それでは。